夏の季語について|全学年/国語

勉強コラム

俳句を作る時などに使われる、季節を表す言葉・季語。
この記事ではその季語の中でも、「夏の季語」について例をあげながら解説しています。

目次

夏の季語の例


夏の季語は、日本の文化や自然を表現する上で重要な役割を果たしており、昔から俳句や短歌で広く使われてきました。
夏の季語には、以下のようなものがあります。
これらの季語は、夏の季節感を表現するために俳句や短歌などの日本の詩形で使用されます。

■三夏(初夏・仲夏・晩夏の三ヶ月)の季語
蚊(か):夏の嫌な風物詩と言えば「蚊」ですよね。あの耳障りな羽音を聞くだけで暑さが倍増しそうです。夏の暑さや鬱陶しさを表現するのにぴったりの季語です。
団扇(うちわ):団扇をパタパタと扇いで涼む様子や、おでこの辺りに持ち上げて日差しを避ける様子が伺えます。
夏草(なつくさ):夏草は夏に青々と生い茂る雑草や青芒(あおすすき)の総称です。雨が降っても踏みつけても簡単に枯れない強さと、目に鮮やかな緑色が生命力を感じさせます。

■初夏(夏のはじめ)の季語
更衣(ころもがえ):春から夏に切り替わった明確な瞬間を感じる季語です。初夏らしい過ごしやすさも感じる表現です。
薔薇(ばら / そうび):薔薇の開花時期から初夏の季語として使われます。薔薇の花びらの開き具合や棘の鋭さなどで人間の感情や雰囲気を表現することができます。

■仲夏(夏のなかば)の季語
五月雨(さみだれ / さつきあめ):五月雨は旧暦で5月頃に降る長雨のことで、現代では梅雨を表す語です。長く続く雨にうんざりする様子や水害に悩まされる様子として詠まれます。
芍薬(しゃくやく):芍薬は「立てば芍薬 座れば牡丹 歩く姿は百合の花」と美人を例える表現として使われる語です。美しさや可憐さを表現する際に使いたい季語です。
出水(でみず):出水とは雨によって河川の水量が増大することを言います。五月雨と同様に梅雨時期の水害の表現として使われます。

■晩夏(夏の終わり)の季語
蝉(せみ):蝉がミンミンと鳴く音を聞くと夏の終わりを感じます。蝉が絶命する様子から生命の儚さや尊さの表現として用いられることもあります。
向日葵(ひまわり):直立して太陽の方向を向いて咲く向日葵の花は、元気で前向きな様子を想像させます。夏休み頃に満開を迎えることもあり、このまま夏が終わってほしくないという気持ちになる季語です。
花火(はなび):花火は夏の夜を表す季語の代表格です。打ち上げ花火の壮大さ、手持ち花火の手軽さ、線香花火の儚さなど、様々な情景を詠むことができます。

夏の季語を使った有名な俳句


さてここからは、実際に夏の季語を使った有名な俳句や短歌を見ていきましょう。

「閑かさや 岩にしみ入る 蝉(せみ)の声」(松尾芭蕉)
ほかには何も聞こえないほど蝉の鳴き声だけが響き渡っている静寂な岩山の様子を詠んだ句です。岩に染み入りそうなその音響は芭蕉の心に深く刻まれたことでしょう。

「長持ちに 春ぞくれ行く 更衣(ころもがえ)」(井原西鶴)
「長持ち」とは衣服などを入れるふたつきの箱のことです。春物の衣服を長持ちにしまうと春も一緒にしまわれて暮れていくようであるという春の終わりと夏の始まりを感じさせる句です。

夏草(なつくさ)や 兵(つわもの)どもが 夢の跡(あと)」(松尾芭蕉)
かつて奥州藤原氏が栄華を極めたこの地も今は夏草が生い茂っているだけで、まるで夢のように跡形も残っていないという時の流れを詠んだ句です。過ぎ行く時間の早さと儚さを感じさせます。

五月雨(さみだれ)を あつめてはやし 最上川」(松尾芭蕉)
降り続く五月雨を集めた最上川の水流の勢いとはやさを伝える句です。当初、川下りを体験した芭蕉は「はやし」ではなく「すずし」と詠んだものの、推敲の際に「はやし」に変更したそうです。最上川の穏やかさより激しさを伝えたくなったことが伺えます。

五月雨(さみだれ)や 大河を前に 家二軒」(与謝蕪村)
普段は穏やかな川が降りやまない五月雨によって大河に変容し川岸に家が二軒孤立している情景を詠んだ句です。自然の力強さと人工物のちっぽけさの対比が印象的です。孤立した家二軒がこの後どうなってしまうのか、無事であってほしいと願わずにはいられません。

「山蟻の あからさまなり 白牡丹(はくぼたん)」(与謝蕪村)
真っ白な白牡丹の花びらの上を真っ黒な山蟻が歩いている様子を詠んだ句です。白と黒の対比がくっきりと浮かび上がります。

「月に柄を さしたらばよき 団扇(うちわ)かな」(山崎宗監)
夜空に浮かぶ真ん丸な月に柄を付けたらさぞかしよい団扇になるだろうという思いを詠んだ句です。大きな団扇であおぎたくなるほどの熱帯夜だったのでしょうか。月夜の趣きと冗談めいた発想がアンバランスで面白い句です。

「たたかれて 昼の蚊(か)をはく 木魚かな」(夏目漱石)
お坊さんがお経を読みながら木魚を叩いたら中から蚊が飛び出してきたという大変ユニークな句です。木魚が頭を叩かれた勢いで口から蚊を吐き出したように見えたのでしょう。読経中の厳かな雰囲気が和らいだ様子が想像できます。

このように夏の俳句は、太陽の日差しや暑さ、動植物の生命力や自然の雄大さといった力強い印象の句から、夏の終わりの寂しさや切なさを感じさせる句まで幅広く詠われています。